自分はお料理あんまり上手じゃない…、なんて思っていませんか?
それは全くの謙遜、です。
世界水準でみたら、日本人の平均的な調理技術や知識はかなり高く、あなたの周りにいる料理上手の友人は、世界のピラミッドの頂点の存在といっていい。なので全く引目に感じることはありません。
そもそも日本は、家事や家庭料理の一般的な水準が、とてつもなくハイレベル。
「自分はかなりできる」ともっと自信を持って欲しい。
そう願いつつ、今回は私が見知った英国の調理の常識などについて書いてみます。
90年代の終わり、渡英して感じた魚の味の差
イギリスの食事は不味くて有名とか、そんなありふれた話は野暮です。
あの有名なリンボウ先生の本の内容を忘れてしまいましたが、皮肉は一切なしで「イギリスはおいしい」と思います。私が渡英した当初、世界中から人が集まっているこのロンドンという都市の食の多様さに圧倒されました。ヨーロッパ各地の料理はもちろん、アフリカ、中東、アジア、様々な食文化が花開いていてとても刺激的、まるで世界旅行をしているような気分で各地のマーケットに出向き、料理を試すのが本当に楽しかった。
ただ一つ、どうしても納得いかなかったのが魚料理でした。
もともと肉よりも魚派なので、メニューに美味しそうな魚料理を見つけるとついつい注文、そして期待外れという経験が続きました。平べったいお魚や鯖は外れが少ないと思います。漁港のある港町や魚料理で有名なレストランで、期待満々で肉厚の白身魚料理を食べてみると、身がくずれやすくて柔らかく、水っぽいような、ソースの味は複雑だけれど、魚の身自体なんとなく味がぼやけているような。
日本と英国は、どちらも海に囲まれた島国という共通点はあるのですが、イギリス人の魚の消費量はざっと日本の半分以下。魚より肉派、が圧倒的に多いです。
島国で魚も新鮮で良い材料を仕入れているはずなのに、どうしてイマイチなんだろう?とずっと不思議に思っていました。だいぶ時が経ってから「日本の漁師さんがすごいんだ。獲った魚の扱いが、漁船上からして違うのか!」ということがわかりましたが、それはまた別の話。
日本人以外知らなかった?魚の下処理の方法
リック・ステインというシーフード料理で有名なイギリス人シェフの番組が気に入ってよく観ていました。食べることが心から好きなんだな、と感じる性格が良さそうなシェフ。美味しそうな魚介料理を次々作ってるところを観ていて、ふと気がつきました。
魚の下処理をしていないのです。
日本では魚を下ろしたら、必ず塩をしてちょっと最低10分から15分おいて余分な水分を出し、身を締める。
日本では当たり前のその下処理の工程が、私の知る限り英国ではどのレシピにもなく、あらゆるシェフもしていませんでした。
これが味の違いの原因だったとは…
このページのトップ画の写真もよく見てください。サーモンの皮に鱗が残っています。英国のスーパーマーケットで鮭の切り身を買うと、必ず鱗もついたままです。切り身になっている状態から鱗を取り除くのは難しい。私はもう気にしないことにして、そのまま調理して食べてしまいます。
角バットは「プロ仕様」使うのは玄人のみ
この写真は、英国の展示会でラバーゼの調理道具を紹介した時のものです。立ち寄ってくれたお客様は、大抵の場合「きれいな道具!ところでこれらはどうやって使うの?」と尋ねてきます。角バットというものはプロのキッチンだけのもので、一般家庭では使いません。
そこで説明を始めます。「魚をフィレットにおろしたら、グリルやフライをする前に、まずこの角バットと角ざるの上において塩を全体にまぶし、余分な水分を出します。この一手間で、魚が格段に美味しくなりますよ!」
食べ物に興味のある人が集まる展示会なので、「そんなこと初めて聞いた!なるほどねー。」と100%感心してもらえます。その度、みんな知らないんだなぁやっぱり、と少し絶望的な気持ちになりました。角バットの使い方から説明しなきゃならないなんて、責務が重い。ラバーゼ普及なんて道のりが遠すぎると。
日本の家庭では角バットは見慣れた道具で、普段それほど魚を料理しない人でも、家庭科の授業で習った記憶や、なんとなく見知ったこととして「魚の下処理」は調理の常識になっていますよね。それが日本の外では実は、魚料理のプロでも知らない「ウルトラC」の調理法だったのです。
ようやく料理のプロが気が付いた
こちらの日本料理屋さんや日本食の本以外で、この魚の下処理を私が初めて見つけたのは、2009年に発刊された、英国で有名な料理学校、バリマルー料理学校の本「Forgotten Skills of Cooking」の中でした。
「調理前に魚の両面に塩をまぶして最低10分間でもおいておくと、身が締まって食感と風味が劇的に良くなります。」
この魚の下処理法は「日本では一般的なやり方」とも書いてあります!
多数の料理界のスターがここから巣立った「Ballymaloe Cookery School」バリマルー料理学校の集中12週間コースで習うレシピが詰まった辞典みたいな本や、この本の著者の義母でバリマルー料理学校の創始者のマートル・アレンの本にも書いていなかったことなので、「日本のやり方」として新しく取り入れたのですね。
英国版のおばあちゃんの知恵袋、この料理本が面白い
マートル・アレンという女性は、農場に嫁いだのち、その農場で取れる新鮮な野菜や果物を使って夫婦でレストランを始め、ミシュランの星をとり、現代アイルランド料理の第一人者と言われているすごい人なのですが、シェフとしての料理ではなく、家庭料理が基軸にある料理哲学を持った方なのでとても勉強になります。
日本流魚の下ごしらえ方を紹介している、「Forgotten Skills of Cooking」は、マートル・アレンの義理の娘、ダリナ・アレンによる著作。レシピや材料の扱い方だけでなく、狩猟した野鳥や野ウサギの処理の仕方、野草採取のコツや野菜の育て方、雌鶏の飼い方、様々な保存食の作り方、サワードウブレッドの作り方、バターやヨーグルト、チーズの作り方、コンポストのやり方など、都会人でもこの一冊を持つだけで、カントリーサイドで生き抜いていけそうな知恵の宝庫です。(もちろんアイルランドという土地に根差した内容なので、日本で活用できるものは限られます。)
この本が生まれるきっかけになった出来事が面白い。
ある日バリマルー料理学校の生徒さんが、攪拌しすぎて分離したクリームを捨てようとしたのを、ダリナさんが既の所で止め、分離したクリームをバターに仕上げて見せたら、バターがどうやってできているか知らなかった生徒たちはそのおいしさに感激、ダリナさんは若い世代が食べ物がどうやってできているのかなどを知らないことを目の当たりにし、前の世代から受け継いだ食の基礎を次世代に伝える必要性に気がついたそうです。ちなみにバターを取り出した後に残る液体が「バターミルク」。アイルランドのお母さんが毎朝作る「ソーダブレッド」はこのバターミルクで作ります。
おそらく後世にも残る大事なこの本の中に、魚の下処理の仕方が載ったのは嬉しいことです。これを見つけた時は「さすがダリナ、わかってる!」と親指がグッと立ちました。
苦手意識を捨て、食事作りをたのしく!
頭の良いマジメな人こそ「自分は料理が苦手」と思い込みがちです。
その実、衛生や栄養の知識、基本的な調理知識もあり、野菜の大事さも知っていて、美味しいものの味も知っている。
もっと自信を持って、本当は「自分は料理がかなりできる」と気がついて欲しい。
苦手意識がなくなれば食事作りは「ねばならぬ」から「やりたい」ことへ、と変化するでしょう。
有元葉子の著書「レシピを見ないで作れるようになりましょう」はまさに苦手意識をなくして、誰をも料理上手にするために書かれた本。本を読む時間がない人は、この「ちゃんと食べてる?」でも本の内容と同じようなことが記事になっていますので、ぜひ活用してください。