料理本コレクション vol.1 手書きレシピ本の魅力

場所が無い、なのに料理本の収集がやめられない!

それは私です。反省しています。

ミニマリストのドキュメンタリーを観て片付けに精を出してみても、古本市で掘り出し物の素敵な本を見つけるとついつい惹かれてしまいます。

もうこうなったらコレクションを記事として発表し昇華させる他はないと思い、これから私の料理本コレクションをちょこちょことご紹介していくことにしました。

喜んでくださる方がもし1人でも居たら続けたい。興味ある人はきっといると信じています!

A Book for Cooks by Leslie Geddes-Brown

これは私と同じ趣味を持つ人の本で「料理本を集めた本」です。

(日本でも知る人の多い「Books for Cooks」 という有名な料理本専門店/カフェがロンドン市内ノッティングヒルにありますが、そのお店とは全くの無関係。)

食関係や料理本のレビューを新聞媒体に書いているエディター、Leslie Geddes-Brownさんが出版したこの本。職業柄とはいえ、家には数千冊にものぼる並外れた数の料理本を所蔵しているそうで、本をインテリアの一部として魅せる術が書かれた”Books Do Furnish a room”という本も出版しているとのこと。

本は部屋の装飾にだってなる。たしかにそうで、自分だけの図書館のような、本だらけの家。子供の頃に憧れましたね…。

本に埋もれるファンタジーの世界観。残念ながら現実世界にそんなスペースはなく、いかに本を減らすかが日々の課題です。料理本コレクションなどしている余裕はないのです…!

料理本から垣間見える時代の移り変わり

英国の代表的な料理本といえば、こちらのビートン夫人の Household Management の本。

驚異的なことにヴィクトリア時代から今まで重版が続いています。ビートン夫人はてっきりヴィクトリア時代のカリスマ主婦なのかと思っていたら、読者からのレシピを集約し一冊の本にまとめた優れた編集者という立ち位置の方なのだそうで、他の料理本著作家から「この本はレシピの盗用ではないか」と批判された背景もあったのですが、様々な人から英知を集めているからこそ汎用性が高いということが現代も重版され需要が途絶えない理由なのかもしれません。

料理本のニーズや流行り廃りは、そのお国柄や時代背景、経済状況と密接なので、その辺も踏まえて読むと楽しく、A Books for Cooks のような「料理本の今と昔」を集約した本の日本バージョンを作ってみたら、さぞかし面白いだろうなぁという妄想も膨らみます。

この本も大分しっかりとしていて手にどっしりとくる大型本なのですが、基本的に料理本の装丁はハード本で隅々までしっかりとデザインされています。

なので、イギリスでは料理本を無難なクリスマスギフトとして選ばれることがよくありますね。

年々料理本の売り上げは伸びているのに、家で料理する人はどんどん減っているという、アイロニカルな冗談のような現状もイギリスらしく面白い。

日本のスタンダードな薄い料理本は逆にこちらでは新鮮に映るらしく、まず本の軽さに驚き、実用的な写真の多さとリーズナブルな価格に、流石日本!という感想を持つらしいです。

見つけたら最後、必ず持ち帰りたくなる手書きのレシピ本

今回の本題。わたしが愛してやまないのは、全て手書きのレシピ本です。

レシピカードをイラスト付きの手書きで丁寧に書きためるということは、それこそコピー機やパソコンなど無かった昔は皆、当たり前にやっていたことかもしれません。

きっと今でも趣味としてファイリングし続けているという方もいるでしょう。しかしレシピ本として手書きのまま出版されているのはレアです!子供向けの絵本形式のものならば、手書きレシピもきっとたくさんあるのかもしれませんが、残念ながら冒頭の A Books for Cooks には「オール手書きのレシピ本」は一冊も収録されていませんでした。

知られざる著作家、ジョアン・ウォルフェンデン

Recipes to Relish Good Cooking & Entertaining At Home: The Peacock Vane Cookery Book

文、イラスト Joan Wolfenden著 1983年出版

この本の著者ジョアンさん(1996年没)は有名な著作家というわけではないようですが、私はたまたまこの本をフリーマーケットで見つけて以来の大ファン。レストラン経営をリタイアした後、美しいワイト島で日々庭仕事を楽しみ、好きな野菜やお花を育て、家を花で飾り料理を作る。何度も試し気に入ったレシピをイラストと共に描きためる。この方こそ本物の趣味人なのでしょう。彼女の生活の集大成として、全ページフルカラーの手書きの本を数冊、旦那さんと作った小さな出版社 “Peacock Vane” から出しています。

刷り上がった本にはほとんどもれなく直筆のサインを入れているようなので、自費出版のような規模での活動だと思います。

表紙カバーの内側のこの本のエッセンスとなる “blurb” 宣伝文を読みましょう。手書きの英文字って慣れないと読みにくいものだと思います。私もこの本を手に入れた当初は、「よ、読めない‥!」とギブアップしました。子供たちが小学生だった頃、学校のボランティアに参加して色々な子供達の字を読んだ修行が功を奏し、今ではほとんど無理なく読めるようになりました。

文字起こしはこちら。

This book is about cooking. Not many recipes are given as there are too many good cookery books available full of first class information. The recipes given are meant to be a little different and not so well known. The general observations apply to all recipes. The cunning use of herbs and spices puts magic into the pot and that is what this book is seeking to achieve. Now that our food and restaurants are both extra expensive there is a great satisfaction in having a festive meal at home as a treat.

(意訳)「この本はずばり調理について書きました。一流の情報が満載の優れた料理本がもうたくさん世に出ているので、私の本にはレシピ数は多く載せてはいません。この本で紹介されているレシピは、少し風変わりなもの、あまり世に知られていないものです。基本的な考え方は、すべてのレシピに当てはまります。ハーブやスパイスを上手に使うことで、鍋に魔法をかけることができ、それが本書の目指すところです。食材もレストランも値段が高い今、家庭でご馳走を食べるということは大きな充足感を与えてくれます。」

続いてジョアンさんは本書の中でこう書いています。

「外食を控えたお金で、ちょっといつもより良い食材にお金をかけ投資し、幸せな食卓を囲んでいつもと変わらぬ会話をし、思い出に残るひと時が過ごせればこれに勝るものは何もないのでは。」

有元葉子が言うこととまるで同じようなことが書いてあります!きっとジョアンさんと母は良い友達になれたに違いない。

ディナーパーティを開いて人をもてなすことが大好き、というジョアンさんは、本の最後の方に普段のレシピから季節にあわせたメニューをピックアップして、春夏秋冬とそれぞれのメニュー表を仕立てたページを設けています。季節の草花とともに描かれていてとても愛らしい。

付属のしおりが手書きの分量早見表!実用的且つかわいい!

ジョアンさんに「ディナーパーティーのこつ」を教えてもらいましょう。

「秘訣はkeep it simple。シンプルが一番です。あれこれやりすぎは禁物で、主催者のあなた自身が席についてゲストとの会話を楽しみつつリラックスする、それではじめてパーティーは成功なのです。」

これも有元葉子が普段言っていることと全く同じです…!

スコットランド離島、辺境の地のレシピ本

辺境の地と言っては土地の人に対し失礼でしょうか。いっそ秘境の地とでも呼びたいくらい、スコットランドのヘブリディーズ諸島への旅はスリリングでした。

八人乗れば満席になってしまうような小さなプロペラ機で降り立った滑走路はなんと自然の砂浜!信じられませんが、世界にただ一箇所あるんです、そんな空港が。ぜひ “Barra Airport” で検索してみてください。

潮風が強すぎて樹木がポツンポツンとしか生えておらず、その木も風になぎ倒されたように斜めにしか生えない、そんな厳しい自然の島でした。

街角で出会ったおばあさんたちはケルト語でおしゃべりしていて、同じ英国といえど全く異次元の外国に来てしまったような気分でした。英語とは全く違うルールで読むのであろうケルト語の地名が全く読めず衝撃を受け、かの古代最強ローマ軍も流石にここまではたどり着けなかったのだな…と納得できる秘境の地。

その土地で見つけたのがこの色紙に印刷された手書きのレシピブックでした。

The Hebridean Kitchen by Willie Fulton

ケルトのレシピ本はなかなか珍しいのですが、これはその土地の画家さんによる郷土料理レシピ集です。装丁も手作り感満載、英国の地域コミュニティ出版の本によくあるリングバインダー式のレア本です。

文字の端っこ全てにドットが修飾されている独特の手書きフォント。筆記体では無いので子供の字のようで案外読みやすい。

英語のレシピタイトルの横にはケルト語の表記もあり。

海鳥を仕留めるところから始まるレシピがあるのには驚きました。他にもひつじの頭を丸ごと頂くスープ、海藻で固める甘いミルクのデザート、滑走路の砂浜から自分で掘り出してとってくるところから始まる貝の食べ方などなど。

海藻は Carrageen Moss というもので購入して作ってみたのですが、寒天の原料の天草に似たものでした。レシピ通りに作ってみたら日本で作るミルク寒天と同じ味に。島国同士、共通するものがありますね。

読んでいるだけで荒々しい潮風と島人のたくましさを感じられる本で、このWillie Fulton氏のリアリティ溢れるユニークなイラストも見どころです。

食卓に飛び交う虫や入れ歯まで描いたレシピの挿絵は、世界で唯一なのではないでしょうか。

武満徹さんが娘さんの為に書き残したレシピ集

最後は日本語のレシピ本です。この三冊の中で唯一出版を前提として書かれなかった手書きレシピ本。娘さんがお嫁に行くときに持っていけるようにと残していた、個人的なメモも入った内容です。世界に名立たる現代音楽家の武満徹さんがレシピ集を出しているなんて!と驚かれる方も多いのでは。

この「サイレント・ガーデン」という本は武満氏が亡くなった後に出版された2部構成の著作で、表からは闘病日記の「滞院報告」、裏表紙からは「キャロティンの祭典」というタイトルで手書きの51のレシピ集と、同じ時期に病床で書き溜められたものが一冊の本になっています。

鉛筆で綴った文字の美しいこと!元原稿はスケッチブックに描かれたものだそうで、さりげない余白の美しさ、シンプル且つ豊かな色鉛筆の彩色、几帳面に定規を使った痕跡のある真っ直ぐな線があることなど、おそらく何気なく書いているのでしょうけれど、美意識の高い人は何をやっても滲み出てしまう品性の高さと美しさがあるのだなぁと感銘してしまいます。

きっと自分だけのものにしておきたかったであろうに…。このレシピ集を世に出すことを承諾してくれた武満真樹さんには感謝です。どうでしょう、この本はたまらなく欲しくなるでしょう?

「キャロティンの祭典」というタイトルは、この中の二つのイタリアンサラダレシピのタイトルからきています。

一つは「キャロットサラダ」、もう一つは「かぼちゃのマリネ」です。キャロットサラダはチーズおろし器の一番荒い面でおろすと味が染みやすくうまくいく、という一文があり、これを読んでものすごく共感しました。人参のサラダは鋭い刃の切れ味を持つ良い道具はむしろ要らず、安いどこにでもあるようなチーズおろし器で出来るボソボソ断面の方が美味しくなる気がしていたので、そうそう!と声が出てしまいました。

このレシピ集に出てくる料理はどれも簡単にできてすぐ試したくなるようなものばかり。ユーモアのある料理名や、ちょこちょこと書いてある私的なメモを読んでいると、谷川俊太郎さんが評したようにまさに飾り気がない人柄がくっきりと現れて、偉大な音楽家の日常にお邪魔したような、身近な親しみを感じることができるのです。

手書きのレシピ本の世界、いかがでしたか?活字とは違い肉筆は伝わるものが大きいですよね。もしオススメの手書きレシピ本があったら、ぜひ私にだけこっそりと教えてください!

人の作品を読むだけでなく、自分で書いてみるというのも楽しそうですよね。私も息子のためにと思って書いたものはあるのですが一貫性がなく殴り書きのまま。いつか丁寧に書いてみたいです。

次回の料理本コレクションもお楽しみに!

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